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・宮城県道214号線網地(あじ)島線の旅

瓦礫の山 旧網長小学校の向いは瓦礫の山だった。
何があったのだろうか。それとも昔から瓦礫の山だったのだろうか。
積まれている石が新しいため、きっと最近になって瓦礫の山になったのだろう。昔は何らかの建物がきっと建っていたのだろう。
網長小学校ヘキサ 旧小学校の前のヘキサである。
ところで網長は「あみなが」と読むのだろうか。
網地(あじ)も長渡(ふたわたし)も難読だから読みが想像できない。
網地島の横断歩道 小学校の前ということで、長渡から進んできて初めて横断歩道が現れた。
この県道には道路標識などはヘキサを除いて一切存在せず、道路標示もこの横断歩道、中央線ぐらいである。
標語的に看板で「スピード落せ」みたいなのが書かれているぐらいである。
交通量がごくわずかなのでそういうので十分なのだろう。
網長小學校 校門の網長小学校の文字である。学の字が古い學の字になっている。
旧字体で現在も残っているということは、相当昔に廃校になったのだろうか。
よく学校は地域の宝と言われている。少し考えると分かるのだが、学校が無い島は子供がいない=人口が増えない=何年か後には無人島化となってしまう。
島に学校が無いということは、せいぜい島の子供が船で本土の学校に通っている。と考えるぐらいであろうか。しかし網地島の船は石巻着も鮎川着もどんなに早くても(2011年2月20日現在)午前8時29分。学校に通えるのだろうか。
しかも船は天候などによって運休することもある。その場合はいったいどうするのか。
まあ、網地島の場合は石巻湾内の島なので、波はそんなに高くならないと思うが・・・
人はいなくなっても自然や文化は残っている。寿命が近い網地島だが、まだまだがんばってもらいたい。
網長小学校校門 網長小学校の校門を撮ってみた。
昔はこの前を何人もの生徒が通ったのだろう。
現在はテニスコート利用者ぐらいしか通らないだろう(ぁぁ
網小医院 元網長小学校である網小医院。
確かに学校なので文字通りの名前がついている。
小学校を医院に変えるというオツなことをやっている。
ディーサービスセンター 網小医院と書かれた板の右下にあった板。
色々書いてあるが、ようは老人ホーム。
昔、学校としてこの建物に通っていた人が、現在も同じ建物に通うという奇妙なことになるw
離島らしく、廃校になった学校を地域の宝として大切にしている想いが伝わった。
どうでも良い話だが、ディーサービスセンターというのは何かの間違いでは?
Day Serviceなのでデイサービスが正しいの思うのだが・・・
ディーサービスってDサービスかよ(ぁ
宮城県道204号線? 網小医院の近くのデリニエーター。
なぜか10番違いの204号線になっている。
あれ?おかしいな?204号線といえば鮎川に行く途中に通ったような・・・と調べてみたらまさにそうで、宮城県道204号線は石巻市広渕地区と三陸自動車道鳴瀬奥松島インターとを結ぶ河南鳴瀬線だった。
昔は204号線だったのだろうか。
なぜか国道398号 そしてナゼか国道398号線のデリニエーターがお隣にある。
国道398号線は網地島はおろか、旧牡鹿町すら通ってないのでこれは明らかに誤り。
総合開発センターと診療所 網小医院の隣は総合開発センターと診療所があった。
老人ホームでない本当の病院はこちらのようだ。
総合開発センターは見た感じ、石巻市役所網地島支所のような感じだ。
もちろんのこと、日曜日はお休みでした。
続きは中学校の話。

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